はじめに:体温調節は、体が刻む「生命のリズム」
私たちの体は、常に変化する環境の中で、内部の状態を一定に保とうとする素晴らしい能力を持っています。
お腹が空けば食欲がわき、疲れたら休息を求めるように。
体温も、この大切なバランス(恒常性:ホメオスタシス)の一部です。
暑すぎても寒すぎても、体の様々な機能は本来の力を発揮しにくくなります。
幸い、私たちの体には、体温を“ちょうど良い範囲”に保つための精巧な仕組みが備わっています。寒い時には熱を作り出し、暑い時には熱を逃がす。この体温調節機能がスムーズに働くことが、健やかな毎日を送るための基盤となるのです。
* 少し専門的な解説
生体の恒常性(Homeostasis)の中でも、体温調節は生命維持に不可欠な基本機能です。主に脳の視床下部がセンサーとなり、自律神経系、内分泌系(ホルモン)、免疫系と連携して体温をコントロールしています。一般的に36.5℃~37℃前後の体温は、体内の酵素が効率よく働くため、また免疫細胞が活発に活動するためにも理想的な範囲とされています。
一方で、体温が低い状態が続いたり、体温調節がうまくいかなかったりすると、血行不良、基礎代謝の低下、免疫機能の低下などに繋がる可能性も指摘されています。健やかな体を維持するためには、この「体温を適切に保つ力」をサポートすることが大切です。
第1章:体温と“守る力”の関係
私たちの体には、外部からの侵入者(ウイルスや細菌など)から身を守るための
「免疫システム」という頼もしい防御機構が備わっています。
この免疫システム、実は体温の影響を大きく受けます。
体温が低い状態では、免疫細胞の働きが鈍くなってしまうことが知られています。
逆に、体温が適度に保たれている、あるいは感染時に発熱すると、
免疫細胞はより活発に働き、防御力を高めようとします。
「冷えは万病のもと」という昔からの言い伝えには、
こうした免疫機能との深い関わりがあると考えられます。
* 少し専門的な解説
感染時の発熱は、単なる不快な症状ではなく、免疫システムを活性化させるための重要な生体防御反応の一つです。体温が上昇することで、免疫細胞(T細胞、B細胞、NK細胞、マクロファージなど)の機能(増殖、移動、異物を取り込む能力など)が高まることが多くの研究で示されています。また、熱ショックタンパク質(HSP)の産生が促され、細胞保護や免疫応答の調整にも寄与すると考えられています。
(参考:Evans SS et al., Nature Rev Immunol, 2015)
さらに、入浴や運動などで穏やかに体温を上げる生活習慣も、これらの免疫機能をサポートする可能性があるとして注目されています。
第2章:体が熱を生み出す仕組みと、食事のヒント
私たちの体は、必要に応じて自ら熱を作り出す能力を持っています。
これを「熱産生」と呼びます。
寒い時に体がブルブル震えるのは、
筋肉を動かして熱を作り出そうとする分かりやすい例です。
しかし、震えなくても熱を生み出す仕組みもあります。
その代表が「褐色脂肪組織(BAT)」です。
主に首周りや肩甲骨周辺に存在し、
食事から得たエネルギーの一部を燃焼させて熱に変える働きを持っています。
この熱産生をサポートする可能性のある食品成分も知られています。
例えば、唐辛子に含まれるカプサイシンや、
お茶に含まれるカテキンなどが研究されています。
また、体温調節や代謝に必要な栄養素(例えば、鉄分など)を
適切に摂取することも大切です。
* 少し専門的な解説
ヒトの熱産生には、ふるえ熱産生と非ふるえ熱産生があります。非ふるえ熱産生は、主に褐色脂肪組織(BAT)や近年注目されているベージュ脂肪細胞におけるUCP1(脱共役タンパク質1)の働きによります。UCP1はミトコンドリア内でエネルギーをATP合成ではなく熱として放出させるタンパク質です。
カプサイシンは、TRPV1受容体を介して交感神経系を刺激し、BATの活性化を促すことで熱産生を高める可能性が研究されています。また、鉄は甲状腺ホルモンの合成に不可欠であり、甲状腺ホルモンは全身の代謝率と熱産生を調節します。そのため、鉄不足は体温維持能力の低下につながる可能性があります。
(参考:Beard JL et al., Am J Clin Nutr, 1990 / Soliman A et al., Acta Bio Medica, 2021 / Hursel R & Westerterp-Plantenga MS, Int J Obes, 2010)
第3章:腸内環境と体の温かさの関係は?
「腸は食べ物を消化・吸収する場所」というイメージが強いかもしれませんが、実は腸は全身の健康状態と深く関わっています。
腸内環境が整っていると、
栄養素の吸収効率が上がり、体のエネルギー産生がスムーズになります。
また、腸は免疫機能の要であり、自律神経とも密接に関連しています。
腸内環境が良好であることは、血行や代謝のバランスを保ち、
結果として体が本来持つ温かさを維持することにも繋がると考えられます。
発酵食品は、この腸内環境をサポートする食品として知られています。
ヨーグルト、納豆、味噌、ぬか漬けなどに含まれる微生物(プロバイオティクス)や、
それらが作り出す様々な物質が、
腸内フローラのバランスを整え、健やかな体を内側から支えることが期待されます。
* 少し専門的な解説
腸内細菌叢(マイクロバイオーム)は、宿主のエネルギー代謝、免疫応答、さらには体温調節にも影響を与える可能性が、近年の研究で示唆されています。例えば、マウスを用いた研究では、腸内細菌叢が寒冷環境下での褐色脂肪組織の活性化や熱産生に関与していることが報告されています(Chevalier C et al., Cell, 2015)。
発酵食品は、プロバイオティクス(生きた有用菌)やプレバイオティクス(有用菌のエサとなる成分)、バイオジェニックス(菌体成分や発酵代謝産物)を供給することで、腸内環境のバランス維持に貢献します。良好な腸内環境は、栄養素の利用効率向上や、腸管バリア機能の維持、免疫・神経系の適切な応答を介して、間接的に全身の恒常性維持(体温調節を含む)をサポートする可能性があります。
(参考:Marco ML et al., Curr Opin Biotechnol, 2017)
第4章:毎日の温活ヒント:心地よく体を温める習慣
「温活」は、特別なことばかりではありません。
毎日の生活の中で、ちょっとした工夫を取り入れることから始められます。
- 入浴: ぬるめのお湯(40℃前後)にゆっくり浸かる。リラックス効果も。
- 保温: 首、手首、足首など、「首」のつく部分は冷やさないように。
- 食事: 温かい食事や飲み物を意識する。(※体全体の温度を大きく上げるわけではありませんが、内臓を温めたり、リラックス効果が期待できます)朝食を摂る習慣も大切。
- 運動: ウォーキングやストレッチなど、軽い運動で血行を促進。
- 休息: 質の良い睡眠を心がけ、自律神経のバランスを整える。
これらの習慣は、血行を促進し、自律神経のバランスを整え、
体が本来持つ体温調節機能をサポートします。
無理なく続けられることを見つけて、心地よく体を温める習慣を育てていきましょう。
* 少し専門的な解説
穏やかな温熱刺激(入浴など)は、末梢血管を拡張させ血流を改善し、副交感神経を優位にしてリラックス効果をもたらします。また、熱ショックタンパク質(HSP)の誘導などを介して細胞保護や免疫機能に良い影響を与える可能性も研究されています。
軽い運動は、筋肉からの熱産生を促し、血行を改善するだけでなく、継続することで筋肉量の維持やインスリン感受性の改善など、代謝全体の活性化にも繋がります。
温かい飲食は、直接的に深部体温を大きく変えるわけではありませんが、一時的に内臓を温め、消化活動をサポートしたり、心理的な満足感やリラックス効果をもたらしたりすることが期待できます。
(※以前の議論を踏まえ、温かい飲食による代謝最適化等の強い表現は避けています)
これらの生活習慣は、相互に作用しあいながら、体温の安定とエネルギーバランスを支え、健やかな心身の維持に貢献すると考えられます。
おわりに:毎日の小さな習慣が、健やかさの種になる
「温活」は、単に体を物理的に温めることだけを指すのではありません。
それは、自分自身の体が持つ「健やかさを保つ力」に気づき、それを丁寧に育んでいくプロセスです。
ゆっくりお風呂に入る時間。温かい飲み物でほっと一息つく時間。軽い運動で体を動かす心地よさ。
そして、毎日の食事に、自然の恵みを取り入れること。
特に、発酵食品は、腸内環境という体の土台を整えることで、
健やかな毎日をサポートしてくれる伝統的な食品です。
ヨーグルト、味噌、納豆、ぬか漬けなど、
多様な発酵食品を食生活に取り入れることは、
腸内フローラのバランスを整え、栄養素の吸収を助け、
免疫機能や代謝の維持にも繋がる可能性があります。
これは、体が本来持つ「温かさ」を保つための基盤作りにも貢献すると言えるでしょう。
あなたに合った方法で、心地よく体を労わる習慣を。
参考文献・参照論文
-
Evans SS, Repasky EA, Fisher DT. (2015). Fever and the thermal regulation of immunity: the immune system feels the heat. Nature Reviews Immunology, 15(6), 335–349.
https://doi.org/10.1038/nri3843 -
Ludy MJ, Moore GE, Mattes RD. (2012). The effects of capsaicin and capsiate on energy balance: critical review and meta-analyses of studies in humans. Chemical Senses, 37(2), 103–121.
https://doi.org/10.1093/chemse/bjr100 -
Chevalier C, et al. (2015). Gut microbiota orchestrates energy homeostasis during cold. Cell, 163(6), 1360–1374.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2015.11.004 -
Marco ML, et al. (2017). Health benefits of fermented foods: microbiota and beyond. Current Opinion in Biotechnology, 44, 94–102.
https://doi.org/10.1016/j.copbio.2016.11.010 -
Soliman AT, et al. (2021). Iron deficiency anemia and thyroid function. Acta Bio Medica, 92(4), e2021285.
https://doi.org/10.23750/abm.v92i4.11617 -
Hursel R, Westerterp-Plantenga MS. (2010). Thermogenic ingredients and body weight regulation. International Journal of Obesity, 34(4), 659–669.
https://doi.org/10.1038/ijo.2009.299 -
Saito M. (2015). Brown adipose tissue as a target for preventing and treating obesity-related metabolic diseases. Endocrine Journal, 62(8), 679–689.
https://doi.org/10.1507/endocrj.EJ15-0294 -
Beard JL, Borel MJ, Derr J. (1990). Impaired thermoregulation and thyroid function in iron-deficiency anemia. The American Journal of Clinical Nutrition, 52(5), 813–819.
https://doi.org/10.1093/ajcn/52.5.813
※免責事項
本ページに記載されている情報は、一般的な健康情報を提供するものであり、特定の病気の診断、治療、予防を目的としたものではありません。また、医学的なアドバイスに代わるものでもありません。健康状態に関する懸念がある場合は、必ず医師または資格を有する医療専門家にご相談ください。本ページの情報に基づいて行う行動については、ご自身の判断と責任において行ってください。